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神戸地方裁判所姫路支部 昭和29年(ワ)236号 判決

原告 上田一郎

被告 高橋哲郎 外一名

主文

被告高橋信介は原告に対し金四十三万八千四百十円及之に対する昭和二十九年六月二十七日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払はねばならない

原告其の余の請求は何れも之を棄却する

訴訟費用中原告と被告高橋信介との間に生じた部分は之を十分し其の一を原告の負担とし其の余を同被告の負担とし、原告と被告高橋哲郎との間に生じた部分は原告の負担とする

この判決は原告勝訴の部分に限り原告に於て被告高橋信介に対し金十万円の担保を供するときは仮に執行することが出来る

事  実〈省略〉

理由

昭和二十九年一月一日午前十時頃国鉄播但線砥堀駅附近道路上に於て被告高橋信介の操縦して居た乗用自動車と原告とが接触し之がため原告が左足部骨折の傷害を受け入院するに至つたこと被告高橋信介が自動車運転の免許を有して居なかつたことは原告被告等間に争のないところである

証人上田勇の証言(第一、二回)原告本人尋問の結果及検証の結果に被告高橋哲郎本人尋問の結果の一部を綜合考察すれば

原告は昭和二十九年一月一日肩書住居より姫路市内に赴くため其の実兄なる訴外上田勇の運転せるバイクモーターの後部荷物台に同乗し同日午前十時頃前記砥堀駅附近道路上に差掛つた際用便のため右荷物台より後方に飛降りたがよろめき右側に廻転し後向きの姿勢になつたところ折柄右バイクモーターの後方より本件乗用自動車を運転し進行して来た被告高橋信介は約十五メートルの距離に於て右原告を認めたので斯る場合自動車を運転する者は進路前方にあるものを追越さんとするに当り衝突等の事故の発生を防止するため警音器を吹鳴するは勿論前方注視を怠らず且つ何時にても急制動の措置を執り得る様特に周到な注意を為すべき義務があり同被告に於て原告の右行動を注視し進路前方によろめいたのを認めたときに直ちに急制動をかけて居れば本件事故を未然に防止し得たに拘らず同被告は単に警音器を吹鳴し時速約十五粁に速度を落したのみで前方注視を怠り且つ急制動の処置を執ることなく時速約十五粁の速度を以て漫然該自動車を運転進行したために右自動車の車体前部左側を原告に衝突するに至らしめたものであつて同被告は衝突後初めて急制動の処置を執つたこと原告は右衝突事故のため左足脛骨及腓骨開放性複雑骨折の傷害を蒙るに至つたこと

当時同所附近は元旦の午前中のこととて人通り少く天気は良好で道路上に相当凹凸の個所ありたるも道路の幅員は十九尺且つ直線道路で見透しは極めて良好なりしこと

尚原告及訴外上田勇は何れもバイクモーターに乗車する前に酒一合位宛を飲酒したものであるが酩酊の程度に至つて居なかつたこと原告の同乗していたバイクモーターは乗車の設備なきものであつて本件事故発生した道路に於て後部荷物台に同乗することは法規により禁止せられて居ること原告は其の後方より本件乗用自動車の進行し来れることを認識し乍ら徐行中のバイクモーターより飛降りたものなること

以上の事実を認定することが出来る証人高橋初江同後藤重昌の各証言被告高橋信介同高橋哲郎各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない

被告等は当時原告並訴外上田勇が飲酒酩酊し居りたる旨抗争するが被告提出援用の各証拠を以てするも右事実を認むるに足らぬ

被告等は原告がバイクモーターの後部荷物台から過つて転落し、よろめいたため右バイクモーターの右側を徐行して居た本件自動車に接触したものであつて本件事故発生に付いては原告だけに過失があり被告等には何等過失の責はないと主張するが此の点に関する証人高橋初江同後藤重昌の各証言被告高橋信介同高橋哲郎各本人尋問の結果は原告本人尋問の結果に徴し措信し難く其の他右事実を認むるに足る証拠はない

従つて本件事故発生は主として被告高橋信介の前方注視義務を怠り且つ急制動の処置を執らなかつた過失に基くものであつて之に原告の法規に違反して乗車設備なきバイクモーターの荷物台に同乗し且つ其の後方至近距離より本件自動車の疾走し来れることを認識し乍ら進行中のバイクモーターから飛降りた過失が競合したものなること明かであつて原告に斯の如き過失あるの故を以て同被告の前掲過失の責任は阻却せられるべき理由はないのであるから同被告は本件事故のため原告の蒙つた損害を賠償すべき義務あるものと謂はなければならない

仍て本件事故に因つて原告の受けた損害に付判断する

成立に争のない甲第一号証同第二号証の一、二、三証人上田勇(第一、二回)同上田こひろ同渡辺博一同西井博の各証言原告本人尋問の結果を綜合すれば

原告は前記事故発生当日から昭和二十九年五月十三日まで国立姫路病院に入院治療を受け右入院により本件負傷は未だ治癒するに至らなかつたけれども医療費用が多大なため同病院の医師に乞うて退院し其の後は自宅で治療を続けたが結局同年一月分の入院治療費は被告側より支払を受けたるも同年二月分より同年五月十三日までの入院治療費金三万八千四百十円は原告に於て之が支払を了し同額の積極的損害を受けたことを認定することが出来る原告は昭和二十九年二月分より同年五月十三日までの入院治療費として金四万円の支払を為した旨主張するが右事実を認むるに足る証拠はない

成立に争のない甲第一、三号証同第四号証の一、二証人上田勇(第一、二回)同上田こひろの各証言原告本人尋問の結果に記載の方式態様に徴し成立を認め得べき乙第一号証を綜合考察すれば

原告は当時二十九歳で馬力挽を業とし一ヶ月の収入約二万五千円を得て居たこと原告は其の内から生活費、馬糧、馬車修繕費等合計金一万五千円を控除し一ヶ月平均一万円一ヶ年に付金十二万円の利益を得て居たこと原告は本件事故による負傷後は右業務に就くこと不可能となり右負傷が一応治癒した後も以前の健康状態に回復せず負傷前の労働力の二分の一を喪失したことを推定し得るので結局原告は一ヶ年に付前記十二万円の二分の一に当る金六万円を将来に亘つて喪失したものであると認めるのを相当とする証人上田こひろの証言及原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない

被告等は原告は定職を有せず馬力挽による収入は全然なき旨抗争し乙第二号証中右事実を窺知し得る如き趣旨の記載存するも証人上田勇の証言(第一、二回)原告本人尋問の結果に徴すれば右乙第二号証は直ちに之を以て右被告主張事実認定の資料となし難く其の他該事実を認むるに足る証拠はない

而して原告本人尋問の結果によれば原告は本件事故発生当時二十九歳の健康体男子であつたことを認めることが出来るので通常ならば爾後二十年間は活動し得るものなることは顕著な事実であるから右二十年間に一ヶ年に付金六万円の割合で原告の得べかりし利益喪失の総額金百二十万円からホフマン式計算法により中間利息を控除した金額である金六十万円は原告の右得べかりし利益喪失の現在における価額である

併乍ら右損害を生じた事故発生に付いては原告の過失も原因の一つとなつて居るのであるから原告の馬力挽により得べかりし前記推定利益を、本件負傷に因り失つた損害は右の過失の程度及被告高橋信介本人尋問の結果により窺知し得られる同被告の資産状態等を綜合して斟酌し現在に於て金三十万円であると認めるのが相当である

次に原告が本件負傷により蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料の額に付判断するに原告本人尋問の結果によれば原告は本件事故による負傷のため左足が短くなり歩行に不自由を感ずる状況に陥つたことを認め得べく之がため原告が精神上多大の苦痛を受けて居ることを推認し得るので成立に争のない乙第三号証証人上田勇(第一回)同渡辺博一の証言により認定し得る原告が被告等の実父高橋松次より昭和二十九年二月中原告の同年一月分の入院費用等金四万七千円を受領した事実其の他叙上認定の諸般の事情を参酌し原告に対する慰藉料は金十万円を以て相当であると謂はなければならない

被告高橋哲郎に対する請求に付按ずるに原告は被告高橋哲郎に於て自己占有中の本件乗用自動車を被告高橋信介が操縦運転するに当り同被告が運転免許状を所持することを確認すべき義務あるに拘らず之を怠り免許状の有無を確めなかつた点に過失の責ある旨主張するが証人後藤重昌の証言被告高橋哲郎同高橋信介各本人尋問の結果を綜合すれば被告高橋哲郎は自動車運転免許を有するものであるが勤務先の訴外会社所有の本件自動車を東京より運転し郷里なる神崎郡香寺町に帰省して居たものなること本件事故発生当日被告高橋信介は自動車運転免許を有せざるに拘らず神崎郡香寺町の自宅より自ら本件自動車を運転し姫路に向つたものであるが被告高橋哲郎は訴外高橋初江同後藤重昌同藤尾薫等と共に右自動車に同乗したに過ぎずして被告高橋哲郎が被告高橋信介に対し右自動車の運転を命じたものに非ざること尚右香寺町の自宅より本件事故発生の場所に至る迄の間被告高橋哲郎が被告高橋信介と運転の交替を為した事実もなかつたこと被告高橋哲郎は数年来東京に在住して居るので被告高橋信介が自動車運転免許を有しないことを知らなかつたこと被告高橋哲郎は被告高橋信介が相当の運転技術を有して居り且つ自動車運転免許を受けて居ると申し述べたので免許を有するものと信じて居たことを認定し得べく斯る事情の下に於て被告高橋哲郎に同高橋信介の運転免許の有無を確めなかつた点に過失ありと謂ひ難く従つて原告の右主張は理由なきものと謂はざるを得ない

然らば右過失の存在を前提とする被告高橋哲郎に対する本訴請求は爾余の争点の判断を為す迄もなく既にこの点に於て失当なること明かであるから之を棄却すべきものと謂はなければならぬ

仍て原告の本訴請求中被告高橋信介に対し前記積極的損害金三万八千四百十円、得べかりし利益の喪失による損害金三十万円、慰藉料金十万円合計金四十三万八千四百十円及之に対する訴状送達の日の翌日なること一件記録に徴し明かな昭和二十九年六月二十七日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求むる部分は正当であるから之を認容し同被告に対する其の余の請求及被告高橋哲郎に対する請求は何れも失当であるから之を棄却すべきものとし訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十二条を仮執行の宣言に付同法第百九十六条を夫々適用し主文の通り判決する

(裁判官 関護)

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